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「 春 よ !」





春!

四季を越えて色あせた花々が

赤や黄色や紫に鮮やかに塗り直される

埃を払った木々の堂々たる立ち姿

風には生活の鼓動が香り立つ

気の早い鯉のぼりが泳ぐ

四月の光が波立ち

僕の耳元で飛沫をあげる

飛沫いた粒子がまた光を散らす

どんな季節も部屋から眺めれば優しい

けれど春の真ん中に飛び込んでみろ

深まる自然の意志が炸裂している

言い訳や繰り言を叩きつぶして

薄い影にさえ一人立ちを迫る

ああ、何もかもが、爆発している!



丘陵の斜面には桜よりも僅かに薄い緑色が

柔らかに腰を落ち着けて居眠りをする

みんな柔らかくあろうとするのに

大地の上で荒れ狂うもの

暴力的な光と風

春は王者の季節だ

桜と共に死にゆく命

桜の下で生まれる愛情

今日から明日へ

明日から未来へ

この押し寄せるときめきの潮流

夜の闇の寂しさも忘れずに

春の全てを抱きしめて

無慈悲な青空の底抜けを睨む

睨みつける眼差しのことを

春にクルクル回る人々よ

決して忘れないでいて



それにしても子供達は輝いている

老人たちもまた静かに光を放つ

見つめる僕は三番目くらいだ

この春が愛しい!

ああ、春よ、春よ、本当は

あなたと共に死にたいのです

何もかもを押し流す陽光の中で

何もわからないように意識を捨て

誰の表情も見ないようにして

立ち止まり心を消し去り

緑の真ん中で死んで

そうしてまっさらのものになって

この世に生まれ直してきたいのです

大切な人や二十七年を裏切ることでも

裏切ることであったとしても!



「春に死んだなら

 僕の葬列であってさえ

 きっと輝いて見えるのだろう

 そうだ、みんなで酒でも飲みながら

 楽しく賑やかに、僕を忘れて欲しいと思う」



なんて醜いつぶやき!

ウジウジと歪みきっている!

春の光に負けて死んでいくなんて!

春の夢の幻想に流されかけた頬を打ち据え

圧倒的な春風の意志に押されるように

僕は緑の平野の真ん中に再生した

大切な人や二十七年のことが

信じがたいほど柔らかく

僕を包み込んでいる

春は王者の季節だから

孤独を覆い隠した意志が

押しつけるように荒れ狂う

しかしその嵐を包容している

大きな大きな再生への祈り

春を超えた春に包まれて

僕の過去から棘は消え

柔らかく包み込んで

僕は春の王者に語りかける



春よ、孤独でないものを探す旅は

まだ始まったばかりなんだから

何を偉そうな顔をしているの

ねぇ、たったこれっぽっちしか生きていないくせに!

三百六十度を見渡して、大声で叫んでごらんよ!

それから目を大きく見開いて、息を吐いて、

静かに、一歩目を踏み出してごらんよ!

二歩目はきっと君の歩幅になるよ

旅はまだ、始まったばかり

未知のことがたくさん待っている

面白くなるのは、これからなんだからね



夕暮れの風の中で

項垂れて唇を噛みしめる春の

孤独な春の肩を抱き寄せながら僕は

再生した自分の心の襞を握りしめて祈った

春が

王者であるが故に

戦い続けなければならない春が

決して負けませんように!

わがままで

押しつけがましい春が

巡るたび笑っていられますように!


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