トワイライト・ランナー


 

天馬はけっして自分が空を飛ぶことに疑問をもたない                 片山敬済著「天駆ける」より


 
プロローグ

 赤い三日月は傾いて西の空に近づき、天空の色は東に向け漆黒から碧、そして紫へと移り変わっていく。夜明けが近づいて来ていた。
 金曜日の夜が土曜日の朝に繋がっていく暁の時間。
 空いている高速道路を一台の赤いクルマが疾走していた。
 巡航速度は法定速度を軽く越えている。
 三菱GTO。V型六気筒三〇〇〇cc、DOHC四バルブ、ツインターボエンジンを誇る、自称スポーツカー。
 しかしVCU式のフルタイム4WD、パワーと車重に見合わない貧弱なブレーキ、剛性不足のシャシーは、GTOがスペシャリティカーであることを示している。
 だが何よりも、横置きFFベース故の極端なフロントヘビーなパッケージングがGTOの素性の全てを表していた。
 高速巡航しているGTOに後方からパッシングを浴びせるクルマが現れた。一気に距離を詰めてくる。
 まだ若いGTOのドライバーは、その挑戦の証に応じてハザードランプを数回点滅させ、アクセルを一杯に踏み込んだ。
 若者は、いわゆる自称走り屋だった。当然のようにGTOの買った次の日にはコンピュータとマフラーを取り替え、オーディオに金をかけた。一月後にはダンパー/スプリングを車高調タイプに換装して峠を攻めにいった。
 だが峠族達が乗る、排気量が半分ほどのAE86(レビン/トレノ)やパワーが半分しかないS13(シルビア)に追いかけ回されたあげく、下り三つめのコーナーでブレーキをフェードさせて事故を起こしそうになって以来、二度と峠には行っていない。
 4WDの駆動力を生かそうと0―400m(ゼロヨン)にも挑戦したが、車重に相殺されて大した記録を残すことは出来なかった。
 それ故に、今走っている高速道路は走り屋を自称する彼にとって、残された最後の舞台だった。引く訳には行かない。
 GTOは大排気量とターボが生み出す大トルクにものを言わせて更に加速しようとするが、さすがにこの速度域からの延びは鈍い。パッシングを浴びせてきたクルマに瞬く間に追いつかれ、一気に横に並ばれてしまった。
 若者は視線を横に向け相手を確かめる。暗闇に包まれている車内に、ドライビングキャップを被った挑戦者の横顔だけがメーターの光で浮かび上がって見えた。挑戦者は唇を緩めると、挑戦車を更に加速させた。GTOを追い抜いていく。
 若者は、反応が鈍いステアリングを切って車線変更する。一瞬、右足のアクセルを緩めようかと考えたが、若者特有の無謀さ、傲慢さが邪魔をする。蛮勇を奮って更にアクセルを踏み込んだ。GTOは、まるで挑戦車に引き寄せられるように加速していった。
 クルマが高速で走ると、後方には車体から剥離した空気が渦を作る。その渦の中に入って走行すると空気抵抗が減り、パワーがないクルマでも速度が上がる。いわゆるスリップストリームと呼ばれる現象だ。
 それを知っている若者は恐怖と戦いながら、GTOのフロントバンパーと挑戦車のリヤバンパーが接触しそうな車間距離を必死に維持していた。だが速度の上昇に連れて二次曲線的に歪み狭まっていく視界は、まるで奈落の底に落ちていくような錯覚を起こさせる。今走っているような超高速度域も、見知らぬ相手とテール・トゥ・ノーズを維持して連続走行することも未経験だった。一瞬のミスが即「死」に繋がる状態、生まれて初めて知るリアルな「死」の臭いが、若者が忘れていた恐怖を急速に膨れ上がっていた。
〈もう止めようか……〉
 突然、前方の挑戦車が動いた。追い越し車線から走行車線へと横っ飛びに車線変更したのだ。
 当然開けた若者の視界に、急カーブを示す黄色い反射板が飛び込んでくる。先行していた挑戦車挑戦車のテールランプを見続けるのが精一杯だった若者は、急カーブを示す警告板に全く気がついていなかった。
「!?」
 一瞬のタイムラグの後に状況を理解した若者は、必死に急ブレーキを踏みながらハンドルを左に切った。安全対策としてABSを組み込んであるGTOだが、この操作は限界を超えている。激しくノーズダイブしてフロントに一気に加重がかかり、反対にリヤの加重が一気に抜ける。駆動力を失ったGTOは、ただのFFでしかない。リヤを右に滑り出しながら真っ直ぐにコースアウトしていく。
 パニックに陥った若者はコントロールを放棄し、恐怖に身を縮めながら必死にステアリングにしがみついた。ガードレールが両眼に飛び込んでくる。眼を閉じると同時に轟音と衝撃が襲ってきた……。
 一瞬とも永遠とも言える時間が過ぎ、若者は恐る恐る両眼を開けた。フロントガラス越しに、衝撃で拉げたボンネットが持ち上がっているのが見える。破壊されたラジエーターから漏れた冷却水が白い蒸気になって吹き上げていた。
 若者は肩に食い込んでいたシートベルトを締めると、歪んだドアを苦労して開けた。震えている足で路面に降り立った彼が見たものは、ローンを二〇回以上残したままで完全にスクラップになってしまった愛車の姿だった。
〈ああ、やっちまった……〉
 後悔と自責の念に打ちひしがれた若者は、ため息と一息ついて路面に力無くへたり込んだ。だが、漏れだしたオイルとガソリンの匂いに気がついて、慌ててイグニッションキーを捻ってオフにする。
 ホッとすると、ようやく我に返った。額と肩が痛み出す。事故の割には大きな怪我はなかった。頑丈な車体とシートベルトのおかげで軽く頭をぶつける程度だ。幸いにも後方から追突するクルマもなく、単独事故で済んでいた。
 若者の無事を確認したのか、遥か前方で停止していた挑戦車が再び走り出していく。加速していく挑戦車は瞬く間に遠くへと走り去り、薄闇の中に姿を消していった。 若者の瞳には、赤いリング状のテールランプだけが鮮烈に焼き付いていた。
「R33……あれが噂のトワイライト・ランナーか」
 

              1

 トワイライト・ランナーが高速道路に出現してから一週間が過ぎ、再び街に金曜日の夜が巡ってきた。
 新旧大小のビルが建ち並ぶオフィス街の片隅に、小さな雑居ビルが建っている。そのビルに入居している商事会社に、終業を知らせる五時のブザーが響いた。
 終業前の張りつめた空気に代わって、休日を明日に控えた浮ついた空気が会社の一角にあるOAルームに流れる。
 山崎は、同僚達や上司と同じようにキイを叩く手を止めた。モニター上でコマンドを確認しながら、ファイルをハードディスクに記録する。アクセスの終了を確認した。
 ソフトとOSを終了させてコンピュータの電源を切ると、立ち上がって帰り支度を始める。今日の残業はなかった。
 部屋のあちこちから、互いの今晩の予定や明日の予定を尋ね合う上司や同僚達の声が聞こえてくる。
 だが人間関係に煩わされることを嫌っている山崎に予定を尋ねる声はない。山崎は、以前に在籍していた会社を人間関係のトラブルで退職していた。それに懲りて以来、会社の人間との関係を稀薄にしてきた。また、その為に比較的ドライな外資系商社を、バブル経済全盛の頃を見計らって再就職先として選んだのだ。さすがに最初のうちこそ上司や同僚達は戸惑っていた様だが、やがて孤独主義者とでもいう理由を見つけて納得したのか、山崎の仕事が優秀なせいなのか、次第に山崎との関係に馴れたようだった。
 山崎は、特別に人間嫌いというわけではない。ただ、会社の人間と時間を過ごすなら、もっと有効な時間の過ごし方が個人的にあるというだけのことだった。
 上司や同僚に挨拶をしてオフィスを出ると、エレベーターで一階に降りた。ドアが開くと、そこは正面入口に繋がるエントランスホールだ。受付には、いつものように老管理人が座っていた。山崎が軽く頭を下げると、老管理人は実に良い笑顔で会釈する。その笑顔は、生きていれば老管理人位の年になっていた筈の父を一瞬思い出させた。
 ビルから外に出た途端、寒風が山崎の肌を刺す。春はまだ浅いことを思い出した。一日中適温に保たれたOAルームにいると、つい季節感を失いがちになる。
 すでに陽は傾き、辺りにはビル群の長い影が出来ていた。
 山崎と同じように定時で仕事を終えたサラリーマンやOLたちを大小のビルが吐き出していた。見上げれば、幾つかのビルの窓に灯っている明かりが、今夜も残業をしなければならない人々の存在を示している。
 寄り道する場所に心当たりがない山崎は、オフィス街を抜けて真っ直ぐに駅へ向かって歩き出した。やがて、同じように帰宅する、疲れ切った人波に飲まれていった。
 駅前の繁華街は、休日を前にして夜遊びに出る若者達や、買い物に来た主婦の人波で溢れていた。
 雑踏を一人抜け、駅の改札をくぐる。寒風が吹き抜けるホームで待っていると、やがて電車が入ってきた。
 乗った車両は、朝ほどではないが、それなりに混んでいる。吊革に掴まると同時に電車が動き出した。

 山崎は、電車があまり好きではなかった。さらに言えば、大半の公共交通機関が好きではなかった。乗り物が嫌いなのではない。自分で運転できない乗り物が嫌いなのだ。
 町から離れると乗客が少なくなったので座席に座る。
 窓の外を流れる、夕日に照らされた電車の長い影が、流れる家並みや鉄橋、踏切で待っているクルマや人を舐めていく。
 そんな風景を眺めている間に自宅近くの駅に着いた。
 通勤時間は約一時間というところだ。
 電車から降りて改札を抜けると、駅前にあるファミリーレストランに向かった。誰かと待ち合わせているわけではない。
 いつもの習慣である夕食を済ませるためだ。一人暮らしの自炊は面倒という理由もあるが、どちらかと言えば食事そのものにあまり関心がなかった。食事はそれなりの味があって、そこそこの値段であれば良いというのが山崎の考えだった。
 食後のコーヒーを飲んでファミリーレストランを出ると、徒歩で十数分の自宅へと向かう。
 山崎はマンションに住んでいた。マンションと言っても、築後十五年は経っている、おんぼろの2LDKだ。
 父の遺産だった。でなければ、たとえ中古でも二十代後半の山崎に買えるわけもない。
 自宅に帰った山崎は、寒々とした部屋の暖房をつけた。
 そのあと浴室に向かい風呂に湯を張る。一人暮らしの生活感の余りない殺風景な部屋に、クルマ雑誌が目立った。
 小さな風呂は直ぐに湯で満たされた。浴室に入ると、まず頭から熱めのシャワーを浴びる。外で溜まったしまった澱を洗い流していく感覚が、全身の隅々に広がっていく。
 風呂から上がって、留守番電話に伝言が入っていることに気がついた。伝言を聞くのは久しぶりだった。
 この電話機は、人と向き合うことが苦手な山崎が買ったものではない。幼なじみから誕生日の贈り物として贈ってもらったものだ。改めて液晶表示を見てみると、録音の日付けは四日前だった。無頓着にも、今日まで気づかないでいた証だ。バスローブから寝間着に着替えたあと留守録を再生すると、声の主は電話機の贈り主だった。
「おう元気か。俺だ、木村だ。最近、ずっと週末は留守だな。また高速でも飛ばしてたんじゃねえのかい。お前も、いい年なんだからさ、いい加減に落ち着けよ。ところで今度の週末の予定は………」
 山崎は途中から聞くのを止めた。
 木村の話の内容が、いつもと同じパターンだったからだ。
 父を亡くし天涯孤独になった山崎を、木村は何かと気遣っていた。山崎は、有りがたい事だとは思っていたが、正直に言って木村の忠告に答える気はない。
 それでも少しは感謝の気持ちがある山崎は、電話に向けて片手拝みで謝ると、ベッドへと潜り込んだ。
 今の山崎には、やらねばならないことがあるのだ。
 トワイライト・ランナーの名誉に賭けて。
 
 

          

 数ヶ月前。午前三時。
 山崎は、愛車BCNR33GT‐R・Vスペックで市内を走行していた。毎週末、暁の高速道路に現れる山崎のR33を、走り屋達がトワイライト・ランナーと呼び始めたのが何時かは定かではない。だが山崎が暁の孤独なクルージングを楽しむようになったのは、そう遠い昔のことではなかった。
 走るクルマのない市内は、朝の渋滞が嘘のようだった。 山崎は、こうやって孤独にGT‐Rを走らせていると、必ず何時も父のことを思い出した。

 山崎の父親はクルマが好きだった。
 母親ともクルマが縁で出会ったらしく、二人の若かりし頃の写真のほとんどにクルマが写っていた。そんな写真の中に、母に抱かれた幼い山崎も写っている写真もあった。
 我が子が生まれる前から父子でクルマを楽しみたいと思った父親は、山崎がよちよち歩きの頃からクルマの形をした玩具を与えたほどだった。
 父がいて母がいて、そしてクルマがある。
 物心ついた頃には、クルマが生活の一部として存在することが当たり前になっていた。
 そんな幸せな一家の生活にも、山崎が幼稚園から小学校に上がる頃、翳りがさし始めた。
 もともと身体が丈夫ではなかった母親が病に倒れたのだ。
 入院した母を見舞うのも父親と二人、クルマで行った。 母親は、当初に思ったより重病だった。
 入退院を繰り返す闘病生活が何年か続いたが、やがて母親は二度とは帰らぬ人となった。
 愛する妻を亡くした悲しみのあまり、父はクルマと我が子以外のことには興味のない人間になった。休日ともなれば、まだ幼かった山崎をドライブやレース観戦などに連れ出していたが、けっして社交的な人間ではなかった。しかし父と子の間には、いつもクルマがあった。父との思い出の大半がクルマと一緒だった。いつしかクルマは母親となり、寂しい父と子を繋ぐ絆となっていった。
 やがて幼い山崎は、クルマのフロントシートに座れば母親に抱かれている気分になり、リヤシートに寝ころべば母親に膝枕をしてもらっている気分になる子供に育っていった。
 母のない寂しさから始まったクルマとの過ごし方も、高校生の頃には違うものになっていた。父親からこっそりと習い始めたクルマの運転に夢中になっていくことで、母親とクルマとを心の中ですり替える事を止めたからだった。
 人気のない空き地でクルマを運転すると、母親がいない寂しさや悲しみは不思議と消え去っていった。
 父の教えが良かったせいか、自動車教習所の教習は補習なしで卒業できた。大学に入学すると同時に自動車運転免許証を取得した山崎は、父親との長年の夢を果たすべく、よく二人でドライブに出かけたものだった。 だが、その父も、今は他界していた。

 GT‐Rは何事もなくスム‐ズに高速のインタ‐に入る。
 ここへ来るまでに暖気走行を終えていたGT‐Rは、すでに全開走行が可能な状態だった。
 自動発券機でチケットを受け取ると、進入ランプから本線に合流する。思ったとおり、この時間には周りにクルマはいない。更にもう一度、前後にクルマがないことを確認すると、ゼロ発進からの加速性能を確認するために追い越し車線で一旦停止した。追い越し車線を選んだのは、交通量の関係から走行車線より路面の荒れが少ないからだ。
 二、三回アクセルを開閉(レーシング)させて、六連スロットルチャンバーがエンジンの燃焼室にガスを送り込む様子をみる。
 今日初めて、レッドゾーンに回転計(タコメーター)の針を入れた。
 針はスムーズに回転し、上昇にも下降にも乱れはない。
 更にアクセル踏み込んで、回転計の針が六〇〇〇回転を指すタイミングに合わせてクラッチを繋ぐ。回転計の針が下がり、強烈なトルクを与えられた後輪が少しだけスリップする。
 だが、それは一瞬だけのことだった。
 後輪のスリップを関知した電子制御駆動力配分機構(ATTESA ET―S PRO)が前輪にトルクを配分した。グリップを取り戻したリヤと、トルクが与えられたフロントとの四つのタイヤが路面をグリップした途端、加速Gという眼に見えない巨人の手が山崎の身体をフルバケットシートへ強烈に押さえつける。
 GT‐Rはロケットスタートした。
 二・六リッターDOHC二四バルブ・RB26DETTエンジンがカムにのって回転を上げた。三速までセラミック・ツインターボによる息の長い獰猛な加速が続く。
 〇―四〇〇m加速タイムは一二秒台前半だった。市販車としては異例の速さだ。すでに法定速度の一〇〇km/hを超えていた。だが山崎はアクセルを緩めない。更に加速する。 やがて、通常ならスピードリミッターが効く一八〇km/hを超えて加速していく。リミッターが効かないのは、山崎のGT‐RがECUユニットを改造してあるからだ。二〇〇km/hにまでは、あっと言う間に達した。
 そのとき、ルームミラーにパッシングが見えた。
 山崎は口元を緩めると、バトルを受けて立つ合図に二、三回ハザードを点滅させてからフル加速に移る。回転計の針は五速七〇〇〇回転のレッドゾーンに達し、速度計の針はエンジンパワーと走行・空気抵抗が釣り合った、法定速度の二・五倍を過ぎたあたりで止まった。
 正気ならば決して公道で出せる速度ではない。
 薄暗い高速道路の路面をGT‐Rのヘッドライトとフォグランプが照らし出して、三角形の視界を形造る。その中の映像が逆三角形になって超高速で後方へと流れていた。
 シルエットになっている先行車の赤いテールランプから距離を判断、感覚で動きを予測して右へ左へと車線を変える。先行車を動くシケインの如くかわしながら、次々と抜き去っていった。だが挑戦車のライトは離れるどころか逆にぐんぐんと近づいて来る。

 

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