雑記帖 - 旅日記

No.4
番外編「忘れ物自慢大会」
絵:両手に荷物
両手に荷物

それは1999年の春の事。スイスのツェルマットでは突き抜けるような快晴に恵まれ、マッターホルンを背に快適な滑りを楽しみ、また数年越しの望みが叶い、国境を越えてチェルビニアのスキー場では陽気なイタリア人達との楽しい滑りも経験。100%満足のスキー三昧で春の休日前半を過ごした後、憧れのヴェネツィアへと旅は続きました。

カンツォーネを聴きながら巧みに操られるゴンドーラに乗り、教会ではヴィバルディーの四季の響きにそのまま昇天の心持ち。「旅情」を見て以来いつかきっとと探していた赤いゴブレットに巡り会い、そのまま仮面舞踏会へ参加できそうな妖しい仮面も手に入れ、あれよあれよという間に作ってもらった吹きガラスのネックレスや猫ちゃんをプレンゼントされ嬉しいやらビックリするやら、ヘミングウェイがこよなく愛したホテル「グリッティーパレス」で豪華な夕食も食べ、目がくるくる回りそうなほど沢山の楽しい思い出でトランクも溢れんばかりになった最終日のことでした。

ミラノ空港に列車が到着し、めいめいが両手にトランクやらお土産が一杯詰まったバッグやらを抱えて降りました。「ぎりぎりめいっぱい」が信条のと・ぺこツアーです。コンパートメントの網棚に大切なものを置き忘れてきたことに気がついたのは、飛行機がミラノ空港から飛び立つ寸前でした。大慌てで、トランジットで降りたスイスの空港から、日本語の話せる親切な係員さんにお願いし、取りあえず遺失物届はしたものの。。。店先に停めた車がなくなるなんて日常茶飯事、軍艦さえ盗まれたこともあるなんていうお国です。「スイスなら出てくるんですがねぇ」という係員さんの言葉を背に、あれを再び手にする可能性は殆どないだろうと、がっかりして帰国の途についたのでした・・・。

絵:電話がなった
電話がなった

帰国と入れ違いに、知人のKさんが家族でイタリアへ留学兼遊学に出かけることになりました。これこれかくかくしかじかと藁をも掴む気持ちで一応顛末を話し、暇を見て探して欲しいと頼んでおいたのです。それから、音沙汰無いままひと月が過ぎ、ふた月が過ぎ・・・。思い出すと情けなくなるし、もう話題にもしなくなっていたある日のこと、ルルルルーッと、こころなし軽やかに電話のベルがなりました。

「こちら成田空港の税関です。イタリアから着払いの荷物が来ていますが、受けとられますか?」うけとらいでか。「も、もっ、もちろん受け取ります。すぐに送って下さいっ!」「し、信じられない!奇跡は起きるのだぁ!」。日頃の信心薄くとも神も仏も確かにおわします。その上、なんと、奇跡のベルがなったその日は、私たちの30周年の結婚記念日の前日だったのです。イタリアからまでプレゼントが届くなんて!

翌日はもちろん、友人を招いてワインで乾杯、乾杯、また乾杯。翌々日は、ふたりでゆっくり温泉につかり、幸せをかみしめました。ミラノ駅へ問い合わせに行って、見事にブツを見つけだしてくれたその大恩人のKさんに後日うかがったところ、一緒に同行して貰ったイタリア人に事情を話しても「100%あるはずがない」と一笑にふされたそうなのです。「私たちって、世界中の誰よりも運がいいかもね、これからは心改めてちょっとは善行に励まんまいけ」と決意を新たにした2人なのでした。

さて、コンパートメントの網棚に置いてきた、その忘れ物とは・・・。2人して一目見てすっかり気に入り、ホテルにとって返し、有り金持ち金掻き集め、清水の舞台から飛び降りるつもりで買った「油絵」だったのです。まるで我家のために描かれたかのような明るくハッピーなその絵は、今、事務所の壁にかけられて、すっかり落ち着いています。

Highslide JS
まるでずっと前からここにあったかのよう
(2002-09-06 / ぽこ)

実は、この話には、ちょっとした嬉しい後日談が。
あれから3年経った今年の結婚記念日、ミラノのKさんからお祝いのメールが届きました。Kさんが調べてくれたところによると、この絵は、ウンベルト・マストロヤンニ作「神話の像」。彼は、第1回世界文化賞彫刻部門の入賞者で、映画俳優の故マルチェロ・マストロヤンニの伯父さんにあたるそうです。

文 ぺこ 絵 ぽこ