寝言?譫言?独り言?

  大上段に世相を斬るというのではなく、自分で感じたこと思ったことなどを気ままに書いていきたいと思っています。毎日とか毎週とかにこだわらず、不定期で、その気になったときに書くという感じでやっていきますので気が向いたらいつでも訪れて下さい。

(since 1999.08.23)

第4回 洗礼告白文


 主の御名を賛美します。
 今までの人生を振り返って見た時に、私が神様の存在を知らない頃から、私を見つけ、守り、「これでもまだお前は信じないのか」というように不思議な出会いを数々用意して下さり、クリスチャンになるようにと導いて下さった主に、感謝申し上げます。

 中学に入り、本を全く読まなかった私が、図書委員に選ばれたことも不思議な話ですしそれをキッカケに、本を読むようになると、それにつれ成績が上がり始めたのも不思議と言えば不思議な話です。
 二年生の時にはクラス委員になり、先生もクラスメイトも私をいわゆる「いい子」だと思い、自分もそう信じていましたが、そうでないことを教えて下さったのも主でした。
 自分の中に醜い心が存在し、しかしそれに立ち向かう、自分とは別の力が、自分の中にあることを知ったのも、その頃で、私は彼のことを「私の神様」と呼んでいました。

 私がイエス様のことを初めて意識し、その霊の種を植え付けられたのは、クリスチャン作家遠藤周作原作の「おバカさん」を通じてであり、それは高校生の時でした。

 風邪から慢性気管支炎となり、大学受験に失敗し、二年間の療養生活の後、志と違った大学に入った私は、そこで現在の仕事であるコンピュータとキリスト教に出会ったのですから人生は不思議であり、「神様はすべてを益として下さる」という御言葉は真実です。
 大学の講義で、宗教学や西洋哲学史を学び、キリスト教に本格的に興味を持った私は休み時間ごとに、学校の図書室へ行きキリスト教関係の本を貪り読んでいたものでした。

 そんなある日、繁華街で、「キリスト教に興味ありますか」と聞かれ「あります」と答えて連れて行かれた道場の奥へと行く途中、襖の隙間から、催眠術をかけられた女の人の姿が、一瞬見え、間一髪のところで、私は統一協会員になることを免れ、神様に守られました。
 しかし、当時の私は、宗教は怖いと思っただけで、守られたことを知りませんでした。

 1985年夏、寮と会社で24時間行動を共にする生活を、半年間続けていた人から、「Aさんはクリスチャンですか」と質問を受け、それに対して、答えていた時に、突然、女の人から聖書を贈られる映像を見るという体験をしました。

 1989年、私は勤めを変え入った会社に、クリスチャンのMさんがおられました。
 クリスマス近くになって、Mさんから、「Nさんという家で、無教会で巡回伝道をしている崔牧師が来て、話をして下さるので聞きませんか」と誘われました。
 そして、12月22日夜、Nさんの家へ向かう途中、以前見た二つの夢のある瞬間と、わけのわからない襖と机の映像が閃光の様に一瞬ですが鮮明に見ることが出来ました。
 Nさんの家へ着いたときには、崔先生は既に座っておられ、慌てて私は録画する為にビデオをセットし、話をお聴きしました。
 話が終わって、崔先生が、ご自分の部屋へ戻られた後、感動して、歓談している最中に、以前私が夢の中で聞いていた言葉を、そばにいる人が話すのを何度も聞き、不思議だなと思いながら、ビデオを片づけようとした際に、何気なくファインダーを覗いたら、そこには来る直前に見た、わけのわからない襖と机の映像がありました。

 翌1990年、私は、Mさんから聖書を贈られ、その5年前の幻が実現しました。
 その後も私の周囲で不思議なことが起きていましたが、疑い深い私は、全面的には信じ切れないという状態が続いていました。

 会社でも行き詰まり肉体的にも精神的にも疲れ、体調を崩し、会社も休むようになり、自分ではどうしようもなくなった私は初めて自分のために祈りました。
 ただひすら「神様、助けて」だけを何回も繰り返し祈り、祈り終わって、1分もしない内に、Nさんの家から、「今日から3日間、崔先生がお見えになりますから来ませんか」と、お誘いの電話があったのでした。
 翌日何とか会社へ出かけ、翌々日は成人の日で休日だったので、丸一日休養して、夜、崔先生の話を聞きに行き、「すべてのことに時がある」という御言葉を聞き、まだ会社を辞める時ではないことを悟り、救われました。1991年1月15日のことです。
 それからは、本当に救われたという実感がし、精神的にも、肉体的にも余裕が生まれ、この八年間、病院とは縁が切れています。
 ある医師から、「何万人に一人という特殊体質で一生病院とは縁の切れない人」というありがたくない太鼓判を押されていた私が、と考えると常識では考えられないことです。

 それから、3年後の1994年4月14日、自宅にいた私は、あのお方が、側におられることを実感し、恐れおののき、ひたすら泣きながら、「ごめんなさい」を叫び続けました。
 気配がなくなったので立ち上がって部屋の中を見回していたら、急に背後にイエス様がおられる気配を感じて、恐る恐る振り向いた私は、光の洪水に包まれ、焼かれながらも、「熱い!」と感じつつ、「赦された」ことがわかり、実に気持ちよく「昇天する」という至福の時を経験しました。
 気がついた時には、私は部屋で倒れていて、顔の下の座布団は涙でぐしょぐしょに濡れていました。これが「聖霊様のバプテスマ」であったと、私は今でも堅く信じています。

 こうして疑い深い私を、30年もの時間をかけて、信じさせて下さった主の恵みに感謝すると共に、この経験を証ししていくことが、私のつとめだと確信しています。
 愚かな者ではありますが、主の栄光を表すための道具として用いて下さい。主がいつも、私の側にいて、導き清め強めて下さることを信じ、すべてをお委ねし感謝し、尊いイエス様の御名によって、お祈りしております。

 上記は1999年6月27日、洗礼式を受けるに当たって、所属することになった教会へ提出した「洗礼告白文」を一部人物名をイニシアルにするなど一部手直した以外は、ほとんど原文そのままの文章です。
 神様とこれから共に歩ませて下さいますようにという決意の文章であり、私にとっての真実を記した文章であることを改めてお断り申し上げておきます。
1999.08.23(会田夏彦)


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